一般社団法人 吉野青年会議所


2021年度 理事長所信

一般社団法人吉野青年会議所  理事長  浦西 敦史

吉野PRIDE

【50年のPRIDEを胸に】

 今から半世紀前、1970年奈良青年会議所において各地域別にローカル委員会が設置されました。その目的は地域社会に密着したJC運動を展開する事にありました。
 吉野ローカル委員会は当時の委員長以下10名のメンバーを持って構成され、植樹運動、青少年問題、過疎化問題に取り組んで来られました。そして1971年新入会員4名の入会があり、吉野ローカル委員会は14名となり前年度に引き続きJC運動を深めてきました。しかし奈良県の面積の約3分の2をしめる吉野地域はますます過疎化が進みまた山間辺地にあっても交通問題、観光公害等、諸問題が生じJCメンバーはより強力な社会開発、住民運動の先頭にたったJC運動の必要にせまられました。そしてJC運動を進めていくうえにおいて会員拡大が先決であるという意見から1972年度は当初から会員拡大に取り組みそして、仮称吉野青年会議所設立の機運が急速に高まり7月5日に吉野青年会議所設立準備委員会が発足し、会員の獲得をはじめとする準備に着手し、その年の10月21日に53名の創立会員をもって創立総会を実施し全国で513番目のLOMとして認証を受け、吉野青年会議所が設立されました。
 それから半世紀に渡り諸先輩、一人ひとりがこの吉野を愛し、吉野青年会議所を育て、PRIDE を持って多くの青年会議所運動をされて来ました。 そのおかげで(一社)吉野青年会議所は確固たる地位を確立していることに感謝と敬意を表します。その一つひとつが吉野に大きな影響を与え、現役メンバーの PRIDE であると思います。しかし、現在の吉野地域3町5村の人口減は止まりません。日本全国で少子高齢化、人口減少が進みまた東京一極集中、若者が就職や住みやすさを求めて都市部へと流出していく勢いが止まりません。このままでは我々のテリトリー3町5村はどうなってしまうのでしょうか。会議所の維持どころか商売、会社の維持も困難になってくるのではないでしょうか。すべてにおいて待ったなしの状況であり、また未曾有の疫病コロナウイルスに悩まされ現役メンバーも青年会議所運動が難しくなってきています。しかし、JC宣言文の中に「混沌という未知の可能性を切り拓き」という部分があります。今まさにその時ではないでしょうか。諸先輩もその年その年50年間、時代の流れを感じ取り、勇気と情熱とPRIDE持って果敢に挑戦し困難を乗り越えられてきました。我々現役も今一度、郷土を想い先人を想い吉野PRIDEを持って一致団結し、果敢に挑戦していきましょう。



【まちづくりはひとづくり】

 今後さらに時代の移り変わりが激しいものと予想されます。5年後を予測することも難しいかもしれません。人々の価値観も時代の流れとともに変わっていくと思われます。そして、時代の移り変わりの速さに対応していくための「まちづくり」とは、一過性のアイディアでは持続することは難しく、新しいアイディアを注ぎ足していかなければ、対応できないと思います。また、我々は自分の求めている「まちのイメージ」とは何かを考え、それを発信することは非常に重要であると考えます。その積み重ねが「持続したまちづくり」に繋がっていくのだと思います。人々の価値観は人々の間から生まれてくるものであり、我々JCの役割は、それらを明らかにする作業を支援することではないでしょうか。我々JCメンバーは、個人的な知識や経験から自分の価値観を持っているとは思いますが、それを直接伝えるのではなく、人々からまちづくりのアイディアがあふれ出てくるような環境作りを推進していかなければならないと思います。これからのまちづくりを進めていくためには、我々メンバーも含め自らの意思で地域をどう変えていきたいか、はっきりと自覚できる人を育てていく必要があります。 では、「まちづくり」を念頭に置いた「ひとづくり」を進めていくためにはどうすればよいのか。自分の頭で考え、自分の言葉で語り行動し、結果を自分で受け止められる人間を育成しなければなりません。人と人とのつながりの中で自分自身への自信を持つことが大切です。上意下達に伝えるのではなく、 一人ひとりの中にもともと備わっているPRIDEを自ら引き出せるようにサポート、連携することが大切であると思います。まちという組織が柔軟に対応できる、ひとをつくることひとづくりこそ、明るい豊かな吉野の実現につながります。



【会員拡大】

 我々、吉野青年会議所はテリトリー内3町5村の明るい豊かな社会の実現に向け、50年間愛する吉野の発展のために運動を展開してきました。しかしこの運動も人、メンバーがいて取り組めるものです。テリトリー内も少子高齢化、人口減少、過疎化が進み取り組むべき課題は山積しております。この多くの問題を共に考え解決に向け取り組んでいく仲間を増やさなければなりません。ではどうやって増やすのでしょうか。会員拡大に特効薬はありません。メンバー一人ひとりが真摯に向き合い拡大を進めていかなければなりません。
 入会した動機はどうだったでしょうか。JC活動を続けるうちに、誰かのため、地域のためと考えられるようになったのではないでしょうか。そのようなことを入会前に考えていたでしょうか。少しでも感じられているなら、皆様の価値観は変わったのです。JC運動を通じて自らを成長することができたのです。その経験した思いを、PRIDEを持って候補者に伝えなければなりません。自分だけのことではなく、ひとのため、地域のために活動できるひとが多ければ多い方がいいのです。だから拡大が絶対に必要なのです。会員拡大こそがJC運動の根源であり、地域活性化、明るい豊かな吉野の実現に繋がります。



【50周年を迎えて】

 1972年の創立以来、「明るい豊かな社会」の実現のため、時代の変化に対応しながら「愛する吉野の発展のために」諸先輩は運動してきました。
 創立20周年には過去の20年を振り返り、地域に対して大きな流れが起こせるような継続事業、長期ビジョンが必要と考え21世紀に向けJC運動の一環として「吉野芸術村」開村構想が提唱され、人と人との交流と芸術村が持つものづくりのエネルギーによって、バランスのとれた地域社会と人間開発を進められました。そして、創立30周年に作成された「新世紀運動指針」には、まちづくりとひとづくりは本来別々のものではなく、互いに刺激しあって、車の両輪のごとく共に育んでいくものであると記されています。そして創立40周年にはまちづくりとひとづくりは車の両輪であり、しかしそれを操作するのは「ひと」であると考え、(一社)吉野青年会議所には2003年から使われている「よしのびと」という言葉が存在しています。「よしのびと」を「吉野の未来を思い行動するひと」と位置づけ、必要な4つの愛「敬愛・慈愛・家族愛・郷土愛」をキーワードとし未来を照らす「よしのびと」の創造を目指し、そして「よしのびと」という言葉が、吉野を愛する人々の心と心をつなぐ合言葉的存在として定着するよう事業を展開してきました。
 50年もの長きに亘り多くの運動を、PRIDEを持って事業を展開されてきた諸先輩に敬意を表します。
 時代は昭和から平成、令和へと移り変わり、私たちの運動展開も時代と共に変化しています。我々メンバーはこの時代において何をしていかなければならないのか。そして何を求められているのか。50年を一つの区切りと考え、この先60周年、70周年、そして100周年に向けたスタートの年でもあります。これまで、諸先輩、行政、企業、他LOM、多くの皆様に支えられ、育てていただいた感謝をお伝えし、我々メンバーはさらなる発展を遂げていく必要があります。それには、積み重ねられてきた伝統を今後どう受け継ぎ、変化が激しい時代をどう切り抜けていくのか真価が問われます。メンバー一丸となってPRIDEを持って取り組んでいきましょう。



【結びに】

 私は、2009年に吉野青年会議所に入会させていただき、12年が経ちます。これまで多くの諸先輩、メンバー、各種団体、地域の皆様に育てていただきました。この素晴らしい出会いから、皆様に関わらせていただいたおかげで、吉野地域、吉野青年会議所が大好きになり自分の中でとても大切なものとなっています。ひとはひとでしか磨かれない、磨かれるのは体ではなく自分の心であり、この一つひとつの出会いが自分を磨くことができ成長させてくれたのだと思います。素晴らしい出会いも自らが一歩踏み出すことが大切であると学ばせていただきました。これからも地域のリーダーとして吉野PRIDEを持って、大好きな吉野地域、吉野青年会議所の発展のために粉骨砕身、邁進させていただきます。しかし、私一人では何もできません。これからもすべての皆様にご支援ご指導ご鞭撻お力添えを賜りますことを心からお願い申し上げますと共に、(一社)吉野青年会議所第50代理事長という重責をお与えいただきました、すべての皆様に心から感謝申し上げ、理事長所信とさせていただきます。